【ラジオ】2019.6.2 ひきこもり傾向の僕から見た川崎20人殺傷事件から考えるひきこもりの問題

僕自身がひきこもりなのでね。

6月2日発信分のラジオの関連記事です。

前半

後半

すみません。

多分初めて

だと思うんですが
ラジオを前半と後半で分割しました。

それぐらい長くなりましたが
どうしても今週のラジオで
取り上げたい内容だったので。

5月28日におきました川崎での
20人殺傷事件について

その後自殺した犯人が
俗に言う「ひきこもり」

というタイプの人間だった
という事も踏まえ

今回の事件と
ひきこもりの問題点について

実際にひきこもり傾向が強く

会社辞めた際に

精神も大分崩してた時期も

経験した事がある僕なりに

持論をお話しさせて頂きました。

今回の事件は
典型的な80:50問題のような

親族に経済的支援を受けて
同居していた高齢化50代のひきこもり

が犯人でした。

まぁ犯人が自殺してしまってるので
何が目的・原因だったのか

完全には解明不能なので

ひきこもりが問題だとは

断定も出来ません・・・

ただ、いずれにせよ

恐ろしく凶悪で
許しがたい悪魔のような所業

である事は僕も間違い無いと思います。

その後、

・あまり強い表現で非難する事は良く無い
(そういう人達を刺激するから)

・一人で死ぬべきという表現を控えるべき
(そういう人達を刺激するから)

という論争も出てきましたね。

僕はこれについては

非難する表現を控えるべき

という意見には明確に反対です。

理由は主に二つです。

一つは社会の中でこういった

卑劣な犯罪行為に対して

それに対して激しい怒りを覚えて
発信する事が世の中に沢山いる

という事は

健全な事では無いですか?

勿論、ネット社会ですから
広がり過ぎて行き過ぎた批判も
あります。

情報が乏しい中で
犯人の家族、親族

周りの環境に影響しただろう人間関係

あるいは

無職、ひきこもり

という共通のカテゴリに類する人々

そんな周りまでも
憶測で罵詈雑言を飛ばすような
批判はダメでしょう。

しかしですね。
普通にこの犯人自体に対して

激しい怒りを覚え
どんな事があろうとも
関係無い人を巻き込んだらダメだろ?

という意味で

「一人で死ぬべき」

という思いを
多くの日本人が感じるのは

むしろ、健全な道徳、正義感が

多くのマジョリティに共有されている証
だと僕は思うんですよ。

例えば

「人の物を盗んだらダメだよ」

というワードがあったとしますよね?

この当たり前のワードを
言うのを控えるべき

という社会があったら
それはその社会そのものが
おかしな事になってるという事です。

上記の場合の想定は・・・
そうですね。

日本が世界の中で最貧国ぐらい
超貧しい国になり
食う物に困る人が続出して
治安が悪化して盗みという犯罪が
爆発的に増えたとしましょう。

確かにそんな社会になった原因は
国の統治者(政治家や権力者など)

にあるから社会にも責任があり
そういう境遇の人が増えてる背景なんだから

あまり断罪する表現を
使わない方が良い。

こういう理論になるんでしょうかね。

僕は確かに日本という国にも
様々な問題はあると思いますが

しかし、
人は殺さないとか
物を盗まないとか

そういう人間が古代から
禁忌としてきた犯罪行為が
当たり前のものになってるほど

秩序が崩壊した国だとは
流石に思いません。

むしろ世界標準的には
治安良い方なわけで・・・

そういう健全な
法の元での秩序、道徳

が十分整っている我々の社会の中で

いくら死にたいと思ったとしても
周りを巻き込んではいけないだろ。

という事は、言論としては
しっかりしていく方が良いと
僕は思います。

これがもし、仮に
国民の過半数が犯罪者ぐらい
秩序が崩壊した世界なら

それは現実的にそういう傾向がある
人達への発信方法など
対応は変わってくるんでしょうけど。

日本ではまだ
こういう犯罪をする人は

天文学的な発生率でしか生まれてこない
訳なので、社会としては
厳しくそれを非難する言論の姿で
良いと思います。

それからもう一つは

この事件は法治国家が
法の元に犯人を裁く事が出来ない為

人々の懲罰感情を
満たす方法が無く、

今回のような事件に関しては
致し方ないと思います。

ワタクシの刑と書いて

私刑

というのがありますが

ネット上などでも問題になる
この私刑によるリンチは

僕は普段は問題だと
強く思っている派です。

現代のような法治国家では

仇討ち

は許されません。

その代わりに
国家が代行して断罪する
システムです。

日本では極刑として死刑も
認められてます。

僕も、このブログを読んでるアナタも
誰も個人では人を裁く権利は無いです。

我々の属する「国」という
コミニュティでは

それは個人でやると秩序が崩壊するので
一定のルールに基づいて国家が代行して
行ってる訳です。

ところがどっこい!

世間では私刑というのが横行してます。

個人個人の哲学、道徳、正義感
で私刑で言論リンチや経済制裁する

という事が結構、頻繁に
社会ではおきます。

有名人なんかが特にそうですね。

実際の刑罰の裁判所の判決が

「既に社会的制裁を十分受けているので
 刑罰は減刑する。」

なんてことがままある訳です。

これって法治国家として
おかしくない?

ってのはフツーに思います。

・・・という風に僕は
普段は考えてるんですが

今回のような事件に関しては
例外的に

ある程度の私刑感情が
生まれるのは致し方ない。

と思ってます。

今回の事件は無差別テロで
子供を狙ったというだけでも

恐ろしく悪質性の高い犯行ですが

過去、日本で起きた似た事件に

アキバに暴走車が突っ込んで
無差別テロ殺人した犯行がありましたけど

あれ以上に、法治国家としては
許しがたい事件だと思うんですよ。

だって犯人自殺してますからね。

これ、実はそうとう大きいですよ。

犯罪者を断罪する機会が
完全に失われてしまった訳です。

こういう犯罪が増えると
刑罰の抑止力という法の秩序は
完全に崩壊します。

恐らく、今回の事件なら
捕まってたら日本では死刑だった
と思います。

しかし、

死んでるという結果は
同じだから一緒だよね?

なんて思う人は少数でしょう。

真実は闇の中ですが
彼にとっては「死ぬ」という事が
懲罰では無かった可能性すら
あります。

そして社会としては
断罪の機会を失います。

完全に法の秩序側の敗北という事です。

ですので、こういう事件は

残念ながら
決起する人間を減らす
ぐらいしか
犯罪を減らす方法が無いと思います。

そういう今後の対策をどうするか?
という話は別途ありますが

被害者を含む
法の秩序を守る側のマジョリティの
懲罰感情は

今回のような事件だと
未来永劫区切りが付けられません。

従って、ある程度
厳しめの断罪的な言論が
犯人個人に向けられる事は

基本、私刑は良く無いという
立場の僕ですが

これに限っては致し方ないと思います。

それから

「ひきこもり」の問題ですが

これは「ひきこもり」という
個別の問題よりも

「コミニュティが全く無い人間」

というのが、
恐ろしい重大犯罪を犯しやすい
という事は僕個人的には

あり得る事だろうと思います。

今回の事件については
犯人が死亡してますから
今回がどうたったのかはわかりません。

単に突然変異者ような
生物学的にイレギュラーな
サイコパスだったのか、
病気だったのか。

可能性はいくらでもあります。

ただ、

「コミニュティが全く無い人間」

というのは歯止めが効かない
危険性があるのは事実であり

「ひきこもり」という
カテゴリに該当する人物
(僕も含めでしょうが・・・)

は危険性が高めになる
という事は事実なんではないかなぁ?

と僕自身は思ってます。

だって、人生生きてれば
楽しい事だけじゃないの解りますよね?

という事は
辛い事が「ゼロ」な人生

ってのはほとんどの万人には無理です。

ゲームで言えば
攻撃は必ず来ます。

ダメージは受けるんです。
多かれ少なかれ。

人生の中で
一度も怒った事も悲しんだ事も無い
人なんていないでしょう。

生きていれば外部からの
ダメージが多少はあります。

その時に

「コミニュティが無い人」

というのは視野が狭窄になりますし

何か悪い事をして発散したい
と思った時に

「失うものがありません」

僕が普段よく取り扱う
仕事辞められない
というような労働問題については

逆に

家族の目、友人の目
というような足かせがある事が
問題で行動出来なくなる事も
ある訳ですが・・・

これは良い面も悪い面もあるんですね。

転職とかそんな話なら
世間というコミニュティの目を気にせず
行動して良いと思いますが

犯罪の抑止力となると、
コミニュティに属してないのは
逆効果です。

迷惑をかけても
良心の呵責が出来る対象がいない訳です。

ですので、長くなりましたが
こういう犯人が許しがたい

という話はそれはそれとして
今後の対策としては

コミニュティに属さない人達に
何らかのコミニュティを
与えていくしかないでしょう。

ただ、残念ながら
日本では経済的なコミニュティを
充実させていくのはむしろ
難しくなってくと思います。

グローバル化やテクノロジー進化で
多数の外国人材やAI・ロボットと

労働を競うようになれば

仕事という社会貢献コミニュティを
多くの人に分配するのは
むしろどんどん難しくなっていく
んじゃないかと僕は思います。

僕らが生きる資本主義という
システムですが当然ですが

仕事=お金

はセットになってるので
お金が影響するコミニュティも
同時に維持し辛くなるでしょう。

例えば家族とかね。

結婚したり、子供持ったりするのも
ある程度のお金が欲しいですから。

後は宗教という
コミニュティもありますが

日本の場合、ゴリゴリの
宗教国家じゃないので

宗教でコミニュティという居場所を
増やしてくのも難しいと思います。

僕は宗教を否定も肯定もしないので
人によっては良いと思います。

新興宗教はともかく、

日本なら仏教などの
古典的な宗教なら

それを信じる事で幸せを感じ
それを通じたコミニュティで
居場所を確保するというやり方も
人によっては悪く無いかな。

後は文化ぐらいですね。
僕は正直これぐらいしか
今後、しばらく日本が繋いでく
ポイントは無いんじゃ・・・?

と思ってるぐらい「経済」

という側面だけから見た日本には
結構悲観的なんですが

ギリギリ文化だけは
歴史や伝統が古い国なので
かなり良いと思います。

シヴィライゼーション的には
文化力ぐらいしか無い(笑)

という話ですね。

経済が充実していく事で
コミニュティを増やしていく事が
経済成長し無い国として
困難なんであれば

絶望する人に何らかの
コミニュティを与えていく為に

少なくとも

「仕事」

という事だけを
コミニュティの柱にしていくと
むしろ今後はそのコミニュティが
衰退していく

(AI・ロボット、グローバル人材に
 代替えされていく)

ので不幸に感じる人が増える
恐れがあり、今後はさらに不安です。

経済衰退の元で
既存のコミニュティ
(カンパニーやファミリーなど)

が維持し辛くなる中で
どうやって新しいコミニュティを
作っていけるかが
今後の社会には必要だと思います。


たんぶらぁ

Author: たんぶらぁ

ゲームブロガー,ゲーマー,動画投稿者(YouTube,ニコニコ動画) 将来的にゲーム症・障害者にされるかも (WHOの魔の手により) サラリーマンとして10年間、会社に勤務。 自分を偽り続けて10年踏ん張ったものの 心身共に限界を迎えて退職。

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