日大アメフト問題から考える日本社会の根本的問題

スポーツだけに問題を押し付けるのは
ちょっと違うと思う。

2018年5月6日に発生した
日大アメフトの危険タックル問題は
一時期社会的に大きなニュースになった。

この問題はスポーツ固有の問題では無く
社会で求められる人材に強く影響した
日本社会の働き方の問題点とも密接に関係していると僕は思った為、

今回はその視点から
僕なりの見解を書いてみたいと思う。

日大アメフト問題の概要

これは正直、様々なニュースで取り上げられてるので
ニュースサイトなど見てもらえばいいと思うが
凄く簡単に説明すると

・学生スポーツで日大アメフトの選手がルールをかなり逸脱した危険タックルをした。
・そのプレイは監督・コーチの指示だった疑惑が濃厚だった。
・選手は間違った事だという認識はあったが、監督・コーチに逆らう事が出来なかった。

こういう問題。
この問題はその後の日大の対応の仕方が悪くて色々炎上したり
様々な問題に派生していくが
そこは今回の趣旨では無いので取り上げない。

スポーツの閉鎖的空間が生んだスポーツ固有の問題なのか?

その後の一般的なニュースの流れを見ると

日大がとんでもない学生スポーツ教育をやっていたから起きた
日大特有文化の問題だ。

とか

スポーツ界の問題だ。

という意見も多い。

まぁ、問題を起こした日大関係の登場人物が
後々の対応で出てくる人物も含めて
「大変キャラが強い」ので、
どうしても選手や学生以外の日大関係者にヘイトが集まりやすく
真実を曇らせてしまってる感があるが

僕はこの問題は

日本の会社が
従順でイエスマンなソルジャーを求めており
学校教育(スポーツ教育も含め)が
そのニーズに答える為の教育に特化している事が
日本特有の根本的な問題だと思っている。

勿論、
スポーツ固有の問題も多少あるのだろう。

競技というのは人を攻撃的にするフシがあるし
その中でも実際に体を動かすスポーツという競技は
一種の暴力性を引き起こしやすい
根源的な危うさを孕んでいるのかもしれない。

ただし、
それでもスポーツというのは素晴らしいものだと思う。

僕はプレイする側、観戦する側ともにほぼ興味が無く
ドシロウトではあるが、
多くの人に感動を与えるのだから
人への良い影響は計り知れない。

競技の上でどうしても人の暴力性を引き起こしやすいとしても
それはしっかりしたルール、スポーツマンシップを持って
秩序維持に努めれば良い。

ただ
今回の問題は学生スポーツという学び舎の中で起こった
問題な訳でこれは
「日本社会が求めている理想的な社会人像」
がかなり歪んている事により、
ヤバい教育の実態になっている事が
そもそもの問題認識として必要ではないかと思う。

実際に日本の会社は従順なイエスマンを欲している

僕はスポーツについてはドシロウトだが
古い体質の日本の会社の現場の事は、多少なりわかっているので
自分の見てきた経験の中でも感じるが

やはり何だかんだで
スポーツをやっていた学生は就職に有利だし、重宝される。

ちなみに僕がサラリーマン時代に
勤めてた会社や取引先会社で見てきた限り
厳しいスポーツ環境を経て社会人になった新卒社員の辿る道は

1.会社に非常に従順でバリバリ働くモーレツ社員になる。
2.限界まで我慢し続けて心身共に病む。

大体この2択のどちらかだ。
まぁ別に前者の場合は、仕事や会社が好きで
本人が幸せなら全く問題無いけども。

スポーツをしていた学生を優遇するのは企業側としては
「根性がある、体力がある」

等と言う理由を上げるだろうが
実際にその辺はタテマエで
ホンネとしては
「絶対に文句を言わない、絶対服従のロボットが欲しい」

という事だ。
真面目な話、日本企業ではこういう人材がとても重宝される。

流石に最近は、それを大っぴらにすると
非難される世論の傾向があるので表向きは
「自ら考え、積極的に改善案を・・・」

などと言う所も多いが
大概は空虚なウソで、実際は黙って従ってくれればいい。
という会社が多いのではないかと思う。

そのような人材が社会で求められ続ける限り
社会へ人材を送り出す機関である学校の教育方針は
「会社に都合の良い人材を作り出す」

という事であり、個性を殺し、多様性は認めず
量産型の従順で無個性な人間を作り出す事を続ける限り
スポーツに限らず教育全般に

恐怖・圧力による屈服も活用して、意志を殺した従順なコマに育てる。

という思想が蔓延してしまうのではないかと思う。

終わりに

これも一般論だとは思うが

個人の幸せはともかくとして
そういった教育方針が社会的に
成功していた時代もあったのだと思う。

昭和の高度経済成長の時代などは
経済が右肩上がりで上昇していたから

量産した規格品としての人間を
会社に納品していけば、
生産がどんどん増えていくので成長出来たのだと思う。

この頃、特に暴力も肯定される教育の中で
鍛え上げられた学生スポーツ出身の社会人達は

優秀なモーレツ社員となり

それらの社員が後輩で入ってくる新卒社会人を教育する事で
学校を出てから先も、
誰かが社会のマジョリティと違う価値観・意思を持ち始めてくると
部品をメンテナンスするかごとく
恐怖・圧力(現在で言う所のパワハラ)で再教育を施す事で、
定年という製品の使用期限まで
最も会社にとって都合の良いコマとして使用し続ける事が出来る。

実に良く出来てる。
いっそ感動的なほどだ。

僕も仮に人権とか、住民の気持ちは全く無視して良くて
街を発展させるゲームがあったら
効率が良いので、そうするんじゃないかと思う。

勿論、
ゲームだったらの話だ。

話を戻すと
社会・経済的に良いのか?
という面で見ても、今の時代は少なくとも
右肩上がりで生産・消費が増えてく時代では無いので
いい加減、このままで良いのかな?と思う。

いくらスポーツ固有の問題だ!
スポーツが悪い!

という事だけ言い続けても
問題が解決するとは思えない。

まぁこれがプロスポーツで起きた問題なら
少し視点は違ったかもしれないが
学生スポーツだという事を考えると

社会がそういう人材を求め続ける限り
こういう学生への教育方針は変わらないのではないかと思う。


たんぶらぁ

Author: たんぶらぁ

ゲームブロガー,ゲーマー,動画投稿者(YouTube,ニコニコ動画) 将来的にゲーム症・障害者にされるかも (WHOの魔の手により) サラリーマンとして10年間、会社に勤務。 自分を偽り続けて10年踏ん張ったものの 心身共に限界を迎えて退職。

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